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はい!本日は私が養護教諭を目指したのは高校1年生の時。本日はそのお話をしたいと思います。
🌱中学校の時の養護教諭との出会い🌱

🌸腹痛と戦っていた中学校時代🌸
中学校の時はとってもお腹が弱かった私。
・お腹が冷えても,
・冷たいものを食べたり飲んだりしても,
・部活やマラソンの後など激しく体を動かした後も,
・締め付けのある服を着ても,
・生活リズムが乱れても,
・学校の水を飲んでも,
・炭酸飲料を飲んでも,
色々な理由でお腹が痛くなっていました。ビオフェルミンと赤玉はお守りがわりにいつも持ち歩いていました。
学校でお腹が痛くなったらどうしよう❓といつもドキドキしていた私。
でも、気持ちが楽になった考え方があるんです。それは、
学校でお腹が痛くなったら,保健室へ行けばいいか!!
と思ったことです。保健室が、自分の中で安全基地として捉えていたんですね。安全基地とは、安心感や心地よさが保証されている場所ということです。保健室があったから、学校生活も安心して過ごすことができました。
🌸当時の将来の夢はCDショップの店長🌸
当時の将来の夢はCDショップの店長。理由は、仲良くしていた友達がGLAYが大好きで、ライブに誘われて私も一緒に見に行ったら、私もGLAYが大好きに。
CDショップの店長になったら,いつでも音楽が聴き放題で、他の人は手に入らないポスターなど自分ももらえるのではないかというなんとも中学生らしい理由からCDショプの店長を志しました。
当時の友達とGLAYの曲を一緒に聞いて盛り上がっていましたが、友達とは違う高校に進学した頃からGLAYへの熱は少しずつおさまっていき、私のCDショップの店長になりたいという夢もいつの間にか消えていきました。
🌱高校進学。夢も目的もない。🌱

🌸お金をもらえるならフリーターがいい❓🌸
高校は,JRに乗って隣町の高校に進学しました。
高校生活は、新しくできた友達と楽しく過ごしていました。人生初めてのアルバイトもしていました。中華料理屋や空港の喫茶店などで働いていました。
アルバイトでお金をもらえる喜びと、高校で特にしたいことがないことの相乗効果で、高校へ行くよりもアルバイトをしてお金を稼いだほうがよっぽど有益な時間を過ごせるのではないかと考え始めていました。
🌸そんな時,保健室で休んでいると❓🌸
いつもの如く学校でお腹が痛くなった私。保健室で休ませてもらっていると、養護教諭の先生方が環境衛生について話をしていました。
なんて話をしているのを、保健室のカーテン越しに聞いていました。
保健室の先生って、怪我の手当てや体調不良の人の対応をするだけではなく、色々な仕事があるんだなあ。保健室の先生になるのっていいかも!!
と思ったことが、保健室の先生になろうと思ったきっかけの第一歩です。
どこに将来の夢につながるきっかけが転がっているかわからないものですね。
🌸将来の夢ができたことで🌸
将来の夢ができたことで、それまで学校へ行く目的がなかったですが、養護教諭になるために大学へ行くことを考え普段の授業を大切に受ける。という目標ができました。
夢ができたことで、日常が少しキラキラして感じたことを覚えています。
🌱たくさんのことを経験する🌱

高校1年生の時に養護教諭になりたいと思った気持ちはずっと消えることなく、高校を卒業後は養護教諭を目指せる大学へ進むことになりました。
私は、ひょんなことから自分の将来の方向性が急に明確になることがありました。
このことから、私は今でもたくさんの経験をすることを大切にしています。
みなさんには今夢がありますか❓
はたまた、今の職業はなぜその職に就こうと思ったのですか❓
はたまたはたまた、今の職業の後にセカンドキャリアとして何か他にしてみたいことがありますか❓
みなさんの人生が光り輝くよう願っています!
ご覧いただきありがとうございました💎